随想 第97回  旅立ち
  

旅立ちと言えば、普通は旅に出ることや特定の場所・組織から旅立つこと、あるいは学校からの卒業などを意味します。
ところが歳をとると、異なる旅立ちが待ち受けています。そう、黄泉の国への旅立ちです。

先月、長くお付き合いいただいたデザイナーのNさんが急逝されました。享年80歳。版画やイラスト、絵手紙など幅広い分野で活躍された作家です。京都時代に私の写真とのコラボなどで楽しい仕事をご一緒させていただきました。
郷里の福岡に戻られてからは個展での作品発表や教室などで後進の指導にあたっておられました。

昨年、福岡で私の作品展示があった時に会場に来てくれて久しぶりに昔話に花を咲かせました。そして、それが最後となりました。今から思えばお別れを言いに来てくれたようです。

東京に住むお嬢様に哀悼のメールを送ったところ次のような返事が届きました。

「父にはいつものようにストライプのシャツにジーンズ、最後にかぶっていたお気に入りの帽子と、右手には筆を持って旅立ってもらいました。
きっと向こうでも描き続けているんじゃないかなと思います。」

ちなみにお嬢様もデザイナーとして活躍しておられるのでそのような気配りができたのでしょう。

心筋梗塞で緊急入院して亡くなるまでの一週間の間にご家族とお別れができ、誰にも迷惑を掛けず、そして新型コロナの恐怖も知らずに逝ったNさんは幸せ者です。

どうぞ生前と同じく良い絵を描き続けてください。              
                    合掌