第95回  点と線
  

若い頃に愛読した京都の写真家 浅野喜市先生の本に「点と線」と題して書かれたエッセイがあります。

それは撮影に出かけるときに私たち若者はいつも車で出かけたのですが先生は車を使われない。ほとんど電車やバスで、雪や大雨の時だけタクシーに乗られるのです。理由は車の場合は点から点の取材になるのですが、電車やバスだと停留所から目的地に向かう線上にいろいろな発見があるからだと書いておられます。

たしかに多くの機材を持ち歩くには車で行くのが楽なのでついエンジンをかけてしまいます。そして目的物は写すのですが、それがどのような環境にあるのかを知らずに、あるいは周囲に何らかの関係がある史跡などがあったとしても気付かずに帰ってしまいます。

点ではない線の取材を力説された意味がこの歳になってようやく理解できました。
といいますのは京都市では70歳以上になりますと地下鉄やバスが乗り放題の「敬老乗車証」が配布されます。一定額の納付が必要ですが、何よりも乗り換えが自由ですからこれほど便利でありがたいことはありません。そして駐車場を探さなくても良いので最近はほとんど電車とバスで出かけます。
すると確かにクルマでは見えなかったものが見えてきます。先生が書かれていたことはこのことだ!と感動しながら歩くようになりました。

そういえば白洲正子さんも「美の遍歴」で次のように言われていました。
「なぜあんなに駆けずり廻ったのか、そのためにどれほど多くのものを見落としていたか、今となっては悔やまれるばかりである。」と。

著名人でさえ、この歳になって気付いたのかな、と思うと気持ちが楽になりました。ゆっくり急がずに、まわりを見ながら歩きましょう。