第92回  涙の五山送り火
  

今年の五山送り火をご覧になりましたか?

一番に点火された大文字山の上に今年は満月が姿を見せたので見守っていた人たちから大きな歓声が上がりました。
主人公の送り火に雲間から見える月が微笑みかけているようで、その光景に戦後生まれを代表する歌人の永田和宏・河野裕子夫妻を思い出しました。(以下敬称略)

夫妻は子供が小さい頃から家族4人で何度も大文字山に登ったそうです。永田が先頭を行き、二人の子供をはさんで河野が一番後ろを歩く。「子供を守りながらね。家族の単位なんだという気がしたものです。」
盛んに山登りしたころを、永田は「家族の青春期だったなあ」とたとえてみせます。「うちはね、いい家族だと思うのよ」。それが河野の口癖。家族が河野の歌の真ん中にあったのです。

2000年、河野は54歳で乳がんの手術をしましたが8年後に再発。病と闘いながら歌を詠み続けます。
そして蜩(ひぐらし)鳴く夏、自宅で家族がみとり、息の奥からこぼれる言葉を永田が書きとめます。亡くなる前日の最後の一首。
 「手をのべてあなたとあなたに触れたきに 息が足りないこの世の息が」
                      
8月12日、河野は64歳で亡くなりました。送り火を永田とともに見つめた妻の河野裕子は、もういないのです。

今年はある法要に招かれた帰途、一人ではなくワイフも一緒に送り火を観賞したせいか、いつも以上に心に沁みました。
皆さんもご家族を大切にいたしましょう。

(朝日文庫「京ものがたり」から一部引用しました)