第87回 定年と葛飾北斎
  
昨年の初秋から体調を崩して入院した際にはご心配をおかけしました。

70歳を過ぎたというのに50歳と同じ動きをしていたのですから無理もありません。6つの写真教室を続けながら個展や講演、そして写真集の撮影などが重なり、「そりゃ先生、倒れて当たり前や」と言われました。

そこで今年から少し仕事量を減らすことにしました。そして歳相応のスローな生き方をしようと、急がずにゆっくり動くようにしています。
サラリーマンならもう2回目の定年を迎える歳です。ずっとフリーランスでやってきた私もついに定年を迎えたのです。

さて時間ができた分、何をするの?とよく聞かれますが、しばらくは今まで忙しくてできなかった美術や音楽、読書を楽しもうと思います。ご隠居さんになって残りの人生を楽しむ時が来たのだ、と言い聞かせて大学へ聴講に行ったり図書館に通ったりしています。

ところが、葛飾北斎は「70歳までに描いたものは、とるに足らぬもの。73歳でやっと生き物の骨格や草木の生まれを知った。80歳になればますます腕は上達し、90歳で奥義を極め、百歳で神業といわれるであろう」と言っていることを知りました。とても定年なんて眼中にはないようです。

絵描きと写真屋の違いはありますが、同じ物作りをする人間としてこの言葉はショックでした。隠居などしていられない、さらに作品に磨きを掛けなければ、と作家根性を鼓舞させられたのです。

さあ、ご隠居になって残りの人生を楽しむか、神業と言われるまで創作に励むか、早速壁に当たってしまいました。でも今までのような全力投球はできないのですから、ゆっくりと楽しみながら取り組んでいけばいい。

そう思うと気が楽になりました。でもそれでは北斎になれないかも・・?