第52回  こだわり歳時記

行く春 

  新学期がスタートした。このコーナーも表題が変わり、京の風景と季節の移ろいについて写真家の立場から書かせていただくことになった。

 さて、世界で唯一花見をするという日本人にとって桜は特別の花である。いかに好まれているかは新聞などで「つぼみかたし」から「散りはて」まで詳しく報じられているのを見ればわかる。

 市内中心部の桜はおおむね盛りを過ぎたようだ。花見がまだの人は西山にある善峰寺や京北にある常照皇寺、あるいは遅咲きで有名な仁和寺の桜などはこれからでも間に合うので訪ねてみよう。
 桜は散りゆく姿も美しい。花吹雪、花筏(はないかだ)といった季語は絢爛たる落花を表現している。行く春を惜しみながらも楽しんでいるのだ。


 上の写真は京都市北区にある平野神社である。ここには約45品種・500本ほどの桜がある。品種が多いので花期が長く、4月末頃まで十分楽しめる。茶席の緋毛氈(ひもうせん)に桜がはらはらと散っており、赤とピンクの花びらのコントラストが目に染み入る。

 塗下駄の方へと桜ちりにけり(一茶)

 俳句を作る人をうらやましく思うことがある。それはカメラという機材を持ち歩かなくてもよいからだ。ノートとペン、それに少しの資料を持つだけで創作することができる。
 以前、ある俳句の会に入れてもらった。少しは勉強したがいつまでたっても形にならない。視覚でとらえた物をファインダーで切り取ることはできても17文字で切り取ることはついにできなかった。しかし、いくつかの季語を知ったことや少ない言葉で表現する重要さを覚えたことは収穫だった。
では最後に一句…やはり止めておきます。

                  (京都新聞 4月12日掲載)