第29回 逃げる風景



今回は幅広い写真のジャンルの中で最も人気が高いといわれる「風景写真」についてお話したいと思います。

時々次のような言葉を耳にします。人物と違って風景は逃げないからゆっくりと写せる…と。

確かに前回取り上げた「人物のスナップ」に比べると風景は動かずにじっとしているように見えます。ところがそうではないのです。

穏やかに晴れている日や終日曇っている日などにフツーに写す(立ったままであまり考えずに)場合は風景は止まっているようです。それでもよく見ると鳥が群れをなして飛んできたり通行人が画面の中に入ったり、どんどん変化していることに気付きます。さらに構図を考えて手前に池のハスの花をポイントに入れてみたとしましょう。ところが花の形があまり良くないのでもっと形のいい花を探しているうちに今度は太陽が雲に隠れて光線の状態が悪くなってしまいました。

先ほどまではハスの花に斜めから光線が当たり非常に立体的に見えていたのに曇ってからは花にまったく生気がありません。再び太陽が顔を出すのを待つしかなく空を見上げると雲がどんどん厚くなってすっかり曇り空に…。こうなる前にもう少し手際よく写しておくべきだったと後悔しても今さらどうしようもありません。

穏やかな晴れた日でさえこういう事態が起こるのです。これが日の出や日の入りの時には…

まず日の出の場合ですと、まだ暗いうちに家を出て目的地に向かいます。東の空が少し明るくなり始めた頃に到着。さっそく磁石で太陽が昇ってくる方向を確認します(こんな便利な用品がカメラ屋さんで売っています)。そしてここぞ、と思われる場所に三脚を立て、カメラを取り付けてから望遠レンズを装着していると空が真っ赤に焼け出しました。

これは大変!あわてて空を広く写す広角レンズに取り替えて撮影開始。何枚か撮った後で今度はレンズを換えて違った構図で撮ります。するとどうでしょう、まもなく日の出だという時に近くの池の表面からモヤが立ち始め、水鳥が動き出したのです。絶好のシーン!夢中でシャッターを押し続けます。

ファインダーの端の方でキラッと光りました。日の出です。でも予想より少しずれた位置から太陽が顔を出したではありませんか。この位置ではまずい!カメラ一式とバッグを持って急いで移動し、あえぎながらシャッターを切ったら「ジィーーー」とフィルムを巻き戻す非情な音。あぁ、何もこんな時に…と天を仰ぎながらため息をつく。

日の入りも大体似た状態です。日の出や日の入りの時だけ地球の自転のスピードが速くなるのでは?と思われるほど慌ただしいのです。これで「風景は逃げないからゆっくり写せる」と言えるでしょうか?

風景の傑作といわれる写真のほとんどはこの「逃げる風景」の一瞬を捉えたものといえます。日の出・日の入りの時だけでなく日中でも同様です。その一瞬を捉える方法は「第23回・決定的瞬間」をもう一度読んでください。

あなたの目の前の風景は常に動いているのですよ。さぁ、早くシャッターを押さないと…               次へ