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 「正倉院展にて

今秋、正倉院展を見に奈良国立博物館へ出かけました。
正倉院は聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平文化を中心とした多数の美術工芸品を収蔵しています。
1997年(平成9年)に国宝に指定され、翌1998年(平成10年)にユネスコの世界遺産に登録されました。
現存する木造の宝物庫としては世界最古で、正倉院展の開催中は外観を見学することができるので立ち寄って撮影しました。


その正倉院には9000件にもおよぶ宝物が収められ、その中から毎年60点ほどが正倉院展で展示されます。正倉院が所蔵する宝物の9割以上は異国風のデザインを取り入れた日本産ですが、中国(唐)や西域、ペルシャなどからの輸入品もあることから、日本がシルクロードの東の終点と言われる由縁となっています。

さて、75回目の開催となる本年も、調度品、楽器、服飾品、仏具、文書といった正倉院宝物の全体像がうかがえるラインナップで、宝物の魅力を余すことなく伝えていました。
中でも「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」(螺鈿飾りの四絃琵琶)は、槽に施されたきらびやかな螺鈿の装飾が目を惹く一方、撥(ばち)受けには中国・盛唐期の画風にもとづく山水画が描かれ、奈良時代の異国趣味を濃厚に示していて圧巻でした。

これだけの宝物が収蔵されていた正倉院ですが数々の危機をどうして生き延びたのでしょう。

戦国時代以降の最近での危機は第二次大戦中に敵国である日本の文化財を守る目的で作成された米国の「ウォーナー・リスト」に日本の神社・仏閣(京都31件、奈良15件など)が入っており、空爆予定地から外されたことで免れることができました。

そして戦後には日本の文化財が流出の危機にさらされます。戦後のドイツから戦時賠償として美術品が旧ソヴィエトに流出したように、正倉院宝物を戦時賠償に充てるとの議論が出たのです。

その時も米国の知識人から「正倉院宝物はヨーロッパや中国にはない日本独自の美術品である」との意見が出てマッカーサーは「米軍司令部(GHQ)は、日本の文化財を没収するという米国国務省の提案に反対する」という意見陳述を行いました。マッカーサーは、このようなやり方の戦時賠償は日本人の心を傷つけ、結果として占領政策を難しくすると考えたのです。(美術散歩(とら)のブログ by cardiacsurgery
参照)

こうして危機を乗り越えた正倉院展の人気は高まるばかり。最近、予約制になって混雑が緩和されたのですが、外国人が結構多いのに驚きました。特に中国人が目立ちます。

この点について野嶋 剛氏が、月刊「アートコレクターズ」2023.11月号で次のように語っています。

「中国の文化人・知識人は奈良・京都に畏敬の念を抱く。それは中国美術の根本的美観が唐・宋至上主義だからだ。京都・奈良の建築や街並みはその痕跡を止めており、正倉院や寺院仏閣で「秘宝」として保存されている。中国では失われた「美」がそこにあることに中国人は心の底から感嘆するのだ。
いくらGDPで日本を抜いても、現在の中国では絶対に手に入らない「真の中国文化」を日本が持っている・・」(要約)

これを読んでもう一度正倉院展に感動しました。

まだ一度も出かけていない人は来年の秋にぜひお出かけください。その際には細密描写を確認できる単眼鏡をお忘れなく。