第36回  カリフォルニア通信(2)


今回は私が受けたレクチャーの一部を紹介します。

まず、研修先のカーメル写真芸術センター(Center For Photographic Art)のディレクター、デニス・ハイ氏(Dennis High)からです。

氏はアンセル・アダムスに代表される伝統的なウエストコースト系フォトグラフィーを尊重すると同時に前衛的写真家の展覧会も開催し、また多くの写真集の制作を手がけるなど幅広く活動。さらに、氏の左に展示されている、ペイントオーバーというテクニックの作品も発表しています。
これは35年前のヴェトナム従軍時の写真に平和祈念のイメージを加えてデジタルプリント(エプソン社のPX9000)し、自分で加工したフレームに収めて作品としたものです。「大変な手間がかかるが、オリジナルティを大切にしたいから急がず丁寧に制作している。ここ3年間で15点のシリーズしか作っていない」と語り、また、「一般のアーティストは心の中で15%は「良い作品を」と心がけるが残りの85%は「売らねば」と考えるため真のアーティストになれないでいる。理解してくれる人に買い上げてもらえばよいわけで薄利多売のポスターなどのコピー(コマーシャル)は作りたくない」と力説します。
今までポスターなどのコマーシャルで飯を食ってきた私には耳の痛い話でしたが、後で触れるウェストンギャラリーに展示されていた氏の作品が5,000ドルで売れたのですから何も言えません。アートとコマーシャル、考えさせられるテーマでした。
ほかにも、写真に関する限り作家と作品のレベルやギャラリーなどの受け入れ態勢などではアメリカが世界一であること、B/W(白黒銀塩写真)は光と影だけの抽象表現で力強く、保存性でも百年以上の実績を持つので人気があるがカラーはその実績がない上、色に惑わされ説明的になりやすくいまひとつ伸びないこと、デジタルプリントは見る光源で色が違って見えるなどまだ課題が多い、など多くの教示を受けました。

次は同じ写真芸術センターの理事であり、AMコーポレーション・アメリカ代表として美術館やギャラリーでの写真展企画のほかライターとしても知られる上田勢子氏です。事務所にお邪魔して驚いたのはインテリアのセンスの良さと写真コレクションの多さでした。これはご存知メープルソープの作品で、もちろんオリジナルプリント。ほかにも喉から手が出るほどの名作がずらり。下手なギャラリー顔負けです。

あこがれのアンセル・アダムスとも親交があったと聞いていたので一番に尋ねました。
「アンセルは当初、注文が来るたびにプリントを作成していました。(有名なムーンライズはなんと877枚も!)。ところが価格が高騰した後、美術館などの公共施設に作品を安価に収めることができるように、美術館のためにミュージアムセットを作成。大きさは2種選べるようにして、20〜50点厳守で配布したそうです」さらに「若い人が好きでいつも自宅に招いていました。後進の指導が晩年のやりがいだったようです」一流の作家はやることが違います。これを聞いてますます尊敬する作家になりました。
さて、話題がエディッション(限定)ナンバーに移り、「これを付けるようになったのはメープルソープあたりからでそれまで安すぎた写真作品の価格を上げるため。人気のマイケル・ケンナは45枚限定にしていますし、1枚限定でネガまで付けて渡す作家もおり、写真家によって異なります。オリビア・パーカーは愛用の印画紙が製造中止になった時点で特定の作品のエディッションナンバーを廃止したのですよ」
デジタルプリントについては「オークションでも保存性の問題で皆が足踏みするのが現状。シルバープリントやプラチナプリント、あるいはチバクロームの方が早く売れます。ギャラリーがデジタル作品を扱いだしたのは半年前からです。でも、なくなって行くものを追わずにデジタルプリントでの表現を追い求めることには希望が持てますね」とのこと。
多くの写真家と接しているだけに氏の見識は広く、いろいろな考え方があり、その多様性の上に写真界は成り立っているわけで、デジタルプリントもその一部に過ぎないことを示唆されました。

さて、次はジェリー・タキガワ(Jerry Takigawa)氏。デザイナーとして活躍するかたわら、写真家としても独特の作風で知られています。氏が手にしているのは写真作品でバックに並んでいるのがデザイン作品。

日系3世なので顔はまったく日本人ですが日本語が話せません。でも氏の写真作品には「日本」が見え隠れします。今回の研究テーマである「デジタルプリントによる白黒の諧調」を包み隠さずに話してくれた上、プリントの担当者からも詳しい説明があり、スタジオへも案内してくれました。ここでもプリンターはエプソン社のPX7000で,保存性の良さから顔料インクを使用するこの機種を選んだそうです。白黒のネガフィルムで撮影後、フィルムスキャナーで取り込み、マットブラックインクとマット紙の組み合わせでプリントするのが最も黒の締りが良いとのこと。確かにシルバープリントとは一味違った黒の諧調が見事に再現されています。なぜ写真作品だけに専念しないのですかと質問すると「まだ写真作品だけではこの事務所を経営して行けないからだ。デザインの仕事も楽しいし、当分は両方やって行くよ」と答えたときに見せた笑顔が、現在の私の立場と重なって強く印象に残りました。氏の作品はhttp://www.takigawaphoto.com/main.htmlで見ることができます。

先ほど触れましたウェストンギャラリーはカーメルにある写真専門のギャラリーとしてその名を世界に知られています。アメリカで最も古い伝統を持ち、アンセル・アダムス、エドワード・ウェストン、ポール・ストランドの主要ギャラリーとして写真界に大きく貢献してきました。写真は入口にあるサインです。

中に入ると著名作品が所狭しと並び、プリントの素晴らしさにため息が出ます。3日間通ったので顔を覚えられ、声をかけられるようになりました。サイトで取り扱い作家の作品が見れるのでぜひアクセスしてください。http://www.westongallery.com 今のところはほとんどがシルバープリントですがいつの日か、デジタルプリントがこの壁面を飾るに違いありません。その日を夢見ながら、家路(ホテルへの)につきました。

帰途、ふと立ち寄ったのがこのカーメル・ミッション・バジリカ。

スペイン人、フニペロ・セラ神父が1771年に建てたものでアメリカ先住民を含む多くの人がここで洗礼を受けたといわれています。歴史を感じさせる教会が拝観者のいなくなった夕暮れにひっそりと佇む姿にこの町のもうひとつの魅力を感じました。

次回は東海岸へ飛び、ニューヨークの国際写真センターなどからの通信です