第33回  目標


目標がなければ

下鴨神社で毎年5月に行なわれる「歩射神事」を取材した。古式豊かな装束に身を固めて、遠くの的を射るためのゆっくりとした動作の中にキーンと張り詰めた空気が漂う。全身の力を一本の矢にこめて、目標の的に向かって一気に放つのだが、見ているだけで清々しい気分になる。

それは、われわれが対象物にレンズを向けた時と似ている。自分の目標とする対象物を目前にして緊張しながらも、どの位置から撮影すべきか、光の当たりぐあいはどうかなどを考えながらシャッターボタンを押そうとする時と同じなのだ。

目標がなければ矢は放てないし、シャッターも切れない。タクシーの運転手だって、客が目的地を言わなければ車を動かせないのだ。

目標は変わる

学生は学生の、会社員は会社員の、商売人は商売人のそれぞれの目標に向かってがんばっている。まだ自分には目標がない、という人はひたすら読み、聞き、語ることで取りあえずの目標を見つけねばならない。

取りあえずの、と言ったのは目標は変わるからである。達成したら次の目標に変わるし、そうでなくても考え方が変われば目標も変わる。

私の最初の目標は法曹界だった。裁判官、検察官、弁護士に憧れ「正義」に憧れた。ところがその目標を達成するには自分の実力不足に加えて写真に対するほどの情熱がないことに気付き、好きでたまらない写真を新たな目標にした。目標が変わることを恐れてはいけない。

目標への途中で

目標を達成しようと色々と努力をしている途中で失敗したり、あるいは大発見をしたりする。それが「人生の面白味」なのだ。

ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは受賞を目標にしていたわけではない。ある研究をしていて、失敗した時に発見した現象が受賞の対象になったのだという。私も暗室でプリントしていて、間違って露出した印画紙を捨てずに現像してみたら今まで見たことのない濃密なプリントが出来て驚いた事がある。同じ「耕一」でもこれぐらいではノーベル賞はもらえそうにないが…。

いずれにしても、目標を持たずに何もしないのでは進展はあり得ない。

現在の目標は?

と聞かれてすぐに答えられる人はイキイキしている。その方向にむかってハンドルを握って走っているからだ。

写真を楽しみたい、という人はカメラクラブや写真教室で色々な場所へ出かけて見聞を広げながら仲間と楽しむのも良し、一人で楽しむのも良し。それ自体が目標ならそれでいい。

腕を磨きたい、という人は写真雑誌の月例コンテストや各種コンテストでがんばる。賞金、という楽しみもある。ただし、グレードを徐々に上げていかないと壁にぶつかる。

自分の個性を大切にしたい、という人は個展か自費出版だ。アマチュアの方でこの分野をする人が一番少ない。個展はそれほどの手間や経費がかからないし、自費出版も安くなってきたのでぜひ実行して欲しい。

プロを目指す、という人は現在の経済情勢では大変な苦労を覚悟しなければならない。それでも目標はしっかり持ってがんばって欲しいと思う。

私の目標ですか?やはり「京艶」の第2ステージですね。ノーベル賞はムリでも、何か引っかからないかなぁ…。

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