インド編(3)

《 病は気から…? 》

「あった、あった!」
やっとの思いで日系A社のカウンターに到着。そこに居並ぶ色白の「やまとなでしこ」の姿がどんなにまぶしく見えたことか…。途中、不幸にもMさんのスーツケースが機械の故障でチェックに手間取り、イライラしていたMさんにとっては彼女たちはまさに「女神」以上の存在だったに違いありません。

久しぶりの日本語でハリキッて搭乗手続きを済ませました。
100回近く海外に出ている私ですが、こうして「オオサカ」とか「カンサイ」とかの最後の目的地を告げる瞬間がもっともコーフンします。これで日本へ帰れる、これで仕事はオシマイ、ホッと心休まるひとときなのです。特に今回はいろいろとアクシデントがあったので安堵感はいつも以上でした。

「インドビールの飲みおさめだ!」
もう日本へ帰ったような気になった二人はラウンジで冷えたビールをぐいぐい飲み干し、大ビン2本をアッという間に空けてしまいました。
もう一本、と行きたいところでしたがまもなく機内、しかもニッポンのヒコーキです。ソバかスシをほおばりながら久しぶりの日本酒でごきげんな自分の姿を想像して搭乗ゲートへ急ぎました。

さあ、いよいよ離陸…食事前のドリンクサービスが始まりました。いつものジントニックを飲みながらおつまみを開けると何と日本の「おかき」でした。さすが!とうれしくなっておかわりは日本酒を注文、あとはソバとスシを待つだけです。それにしても遅いなあ〜。

「おまたせしました」
ホントに待たせたなあ、エッ?ステーキかチキンの竜田揚げかって?。
すでに日本酒を飲み始めていたので、まだ竜田揚げの方が合うだろうと後者を注文しました。どちらにしてもサイドに付いているソバとスシがあればいいのです
では、とフタを開けてみると…そこには異国の臭いがする竜田揚げとソバが4〜5本だけ。そう、ざるそばを食べた後、ざるに残るあの短く切れた4〜5本ですぞ。もちろん一口、いや半口でぺろり。
空港に来て待つこと3時間、そしてやっと来た至福の時がたったの1秒!

けっこうアルコールが入っているので何か食べないと悪酔いしてしまう。そう言い聞かせて竜田揚げにハシを向けるのですが「異国の臭い」がたまらない。でも勘違いしないで下さい。アジアはたいていのところは行っていますし、あまり好き嫌いもありません。この場合、「日本の味」を勝手に期待し、思い込んだためガマンできなくなったのです。
思い込みが強い、のは私の短所の一つ。この性格を嘆きながらますます気分が悪くなって横になった時、半月前のMさんの「ある出来事」を思い出しました。

それはインドへ来て3日目のこと。聖なるガンジス川の沐浴で有名なバナーラスへ到着してからMさんの体調が崩れました。当初から心配していた「下痢」が始まったのです。
Mさんは不思議でなりません。
「だってなあ、インドに来てからはミネラルウォーター以外の水は一切飲んでないんやで。そやのになんで?(だのにどうして?)」
たしかにMさんは洗顔から歯磨きまでミネラルウォーターを使い、ホテルの朝食に出されるフレッシュジュースもフルーツも野菜サラダも手を付けない慎重さ。それだけに本人ならずとも誰が考えてもフシギです。とりあえず、日本から持参した下痢止めのクスリを多い目に服用するのですが一向に治らず、今度は「治らないフシギ」に二人で悩みました。

Mさんの下痢が始まって4日目の朝、Mさんが元気のない声で「今日も調子が悪そうやからホテルにいるわ。あんたひとりで行ってきてや。」と言います。十分な食事をとっていないせいか、少しやせた感じで無精ひげが哀れを誘います。
このままではイケナイ、どうして治らないんだろう…と考えた時、ハッと気付きました。「そうだMさん、これは「気持」からきているんですよ。インドへ行ったらアレをしてはいけない、コレもしてはいけないと自分を縛っていたのと違いますか?その上、きたないモノを見て、くさいニオイを嗅いで精神的にも参ってしまった。すべて気の持ちようですよ。」

それを聞いたMさん、突然目を輝かせて、
「そうか!“気”から来てたんか。実は出発前にインドに詳しい友人から、インドはたとえ水を飲まなくても下痢をする、なんて言われたもんやから今か、今かと待ってたんや」(エッ〜?)と言うと急に立ち上がったのです。
そして「原因が分かったらスッとした。もう大丈夫や。一緒に出よう!」となぞ解きが終わったような明るい表情でカメラバッグをヒョイと肩に下げました。

病は気から、と言いますがこの豹変ぶりには驚きました。4日間苦しんだ下痢はピタッと止まり、再び元気なMさんに戻ってその後の撮影は予定通り進みました
いま、前の座席でそのMさんがスースーと寝息を立てて眠っています。きっと、日本へ帰ってからの土産話などに思いを馳せているのでしょう。

さあ、今度はこっちが大変。ますます気分が悪くなり、ムカツいてくる始末。「日本の味」に出会えるという思い込み、そして出会えなかった失望感、このように期待を裏切られた時の怒り、落胆が私を病気にしてしまうんです。まさに私にとっても「病は気から」だったのです。
つらい機内から解放されて、京都行きのジャンボタクシーに乗ったものの、いつもは2時間で帰るのにこんな時に限ってあちこちたらいまわしされ、クタクタになってやっと我が家に着いたのは4時間後でした。

大変なインド取材でしたが、でき上がった写真を見てもう一度ショック!を受けました。その画面の中にはこのような苦労の全く感じられない、「憧れの美しいインド」が驚くほどキレイに写っていたのです。
それを見て思わずワイフに叫びました。 「もう一度行ってくる…!」
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