インド編(2)

            《ショックな出来事 2 》    
 
 我が国で常識とされていることが他の国ではそうでないことが時々あります。
インドでは物を買う時に「定価がないのがジョウシキ」なのです。ですから何を買う場合でも値段交渉が必要で、メーターを付けたタクシーに乗る時でさえ、運転手は滅多にメーターを使わず「相場の値段」あるいは「法外な値段」を言ってきますので乗る前の交渉となります。

今回のインド取材でおそらく最後となる空港へのタクシーももちろん交渉して値段を決めました。エアコン付きのホテル専用のハイヤーです。普通のタクシーなら空港まで175ルピーですがこのハイヤーは400ルピー。せめて最後の空港までは快適に行きたい、というMさんの気持ちは痛いほどわかります。これまで取材費を押さえた私の行動に合わせてくれたMさんだけに、「まあこれぐらいのゼイタクはイイや」と私も同意して値段交渉に入りました。
ホテルのハイヤーなのでベルキャプテンに値段を伝えてドライバーの了解を取ってもらい、OKが出たので後部座席に並んで座りました。「エアコン付きなので窓を開けなくってよいからハエも入ってこないだろうし、物乞いの手も入ってこないヨネ。」とMさんが笑顔でつぶやきました。

ところがホテルを出発するや否や運転手が言うのです。「400ではダメだ、500ルピーでないと行かない。」と。
これにはさすがの私も激昂しました。
「何を言うのか!ホテルマンが見えなくなってからそんな事を言うのはヒキョウではないか、ホテルへ戻れ!」
やっと快適さを手に入れようとしたMさんの怒りはそれどころではありません。
「コイツ、またこんな事を言ってやがる、どついたろか(殴ってやろうか)!」
今までガマンしていたのがついに爆発、今にも殴り掛かろうとするこちらのけんまくに運転手もビックリして「オーケー、オーケー……」。

一度火の点いたMさんは止まりません。
「いったい、コイツらは人間の信頼関係というものをどう考えているのか。いったん取り決めたことをこんなに簡単にホゴにしやがって…。」
前日、エレファンタ島へ行った時にも同じ目にあったことを思い出しました。
「それに、押し売りのようなことをする割にこちらがお金を渡しても アリガトウ の一言もないではないか。」
その通り!滅多に聞いたことがありません。
 「人の好い日本人だと思ってナメやがって。観光客にこんなことばかりしていたのではダレも来なくなるゾ。一度痛い目に合わせないとわからないのか!」
オットット、暴力はイケマセン。でもそれだけ言うとMさんも落ち着きを取り戻した様で 、運転手も小さい声で街の説明などをしながらやがて空港に到着。まだチップを、と言う運転手にアキれながらも 国際人としてのチップだけは支払いましたがやはり サンキュウ はありませんでした。

さあ、と二人で重いスーツケースを押しながら超満員の人込みの中で日系の航空会社のカウンターを探す。いつもは取材国の航空会社を利用するのですが、今回は関空との直行便という便利さもあって日系を選びました。
Mさんが目を輝かせて言った。
「日本人スチュワーデスに出会ったらうれしさで抱きつくかもしれない…。」
そして期待に二人の胸がどんどん膨らんでいったのです。
まさかその期待までもが最後に裏切られるなどとは思いもせずに…。
(続く)