インド編(1)

             《ショックな出来事》    
 
 初のインド取材より無事帰国しました。
 〔無事〕なんて言葉を使ったのは久しぶりのことで、これはインドという国に対してはなはだ失礼なことかも知れません。そんなに治安が悪いのかと思われるでしょうがそうではなくて、むしろ泥棒なんて一人もいないのでは、と思えるくらい治安は良くみえました。ではなぜか、といいますと私たちを取り囲む物売りと物乞いの群集がその理由です。

 私は今までに他国でも似た経験はしていたのですがこの国の物乞いのしつこさには参りました。ましてや今回同行したMさんはアメリカと北欧しか知らない方。タクシーが交差点で止まるたびに窓から手を入れて物乞いされると「ヒャーまたや!」の悲鳴が起きます。そしてその人たちがお風呂なんか入ったことがなさそうで体中にハエがたかっているのをみるとフツーの日本人だったら(私はなに人?)悲鳴を上げるよなあー、と一人で納得しておりました。
 ところが困ったことに今度は物売りがMさんを取り囲んで離れない。ハッキリ NO!と言って下さい、と叫ぶ私の声をシリ目に物売りたちはMさんに追撃をかける。経験から防御体制ができている私よりも柔和なお顔のMさんにアタックするのは当然(?)。ついにMさんがお金を払ってしまいました。物売りの勝ち!なんていったらバチがあたりますよネ。

 そう、本当にバチがあたっちゃいました。
 2週間を越える取材を無事終えて、ムンバイ(旧ボンベイ)での最後の日のことです。ビクトリアターミナスの駅前で4人の物乞いに囲まれながらこの日はひとりで撮影をしていました。3人の少年とリーダー格の青年が1人おり、駅やバザールを忙しく撮影してまわる私にピッタリくっついて離れません。いつもはすぐに離れてくれるのにこの日は1時間近く一緒(?)です。どうしたのかな、いつもと違うな……。
 そのときです。4人の手が同時に私の足元に伸びたのは!
 ああっ、私の体はフワーと浮き上がり、何をされるのかと私はカメラバッグを抱きかかえるのがやっとでしたがそのまま下へ降ろしただけでした。4人は私をにらみつけながら恐い顔をして走り去りました。彼らの手で汚れたズボンをはたきながらカメラバッグを開いて何も盗られていないことを確認してから暗い足取りで帰路につきました。

 今まで絶対手を出さなかった彼らがなぜこのようなことをしたのか?それまでの2週間を思い出しながら考えました。
 いくら少額でも彼らに与えると今後ますます観光客にまとわりつくようになる。そう思って一度も与えずにきたのですが、果たしてそれで良かったのでしょうか。
 注意して見ると物乞いは観光客だけではなく、露店のバナナ売りやフルーツ売りにも手を差し出しています。するとどうでしょう。店主は少しとはいえ彼らに与えているのです。その光景を見て、そうだ、カースト(階級制度)だ!とひとりで叫びました。
 そうなのです。インドでは現在でもカーストが生きており、生まれた時の身分ですべてが決まり、結婚も同じ身分の者同士でないと許されないとのこと。ですから路頭に迷っている物乞いの人が職に就けるはずがなく、彼らはずっと物乞いするしかなかったのかもしれません。
 そうか、そうだったのか。それに気づかずに帰国するところでした。それを駅前の4人があのような行動で私に教えてくれたのでしょうか……。ひとりでナットクしてホテルへ帰り、Mさんと合流してチェックアウトを済ませ空港行きのタクシーのシートへ。

 「さあ、これでいよいよ日本ですねー」とMさんに声をかけると「ホンマ、ほっこりやなあー」と嬉しそうな声が返ってくる。タクシーが動き出した。運転手が振りかえって私たちに一言。それを聞いて愕然とした。ここはまだインドだったのだ……。
 
(続きは次回に…お楽しみに)